コラム

ベンチャー経営者奮闘伝

第10回 「エイチ・アイ・エス」 澤田秀雄社長

澤田秀雄社長

年間にわたって様々な経営者をご紹介してきたこのコーナー。最終回に登場するのはエイチ・アイ・エス(以下HIS(の澤田秀雄社長です。今でこそ当たり前となった格安航空券の販売において、その代名詞ともいえる経営者です。また、最近ではスカイマークエアラインの社長として、それまで大手3社の独占状態にあった国内定期便に参入を果たした男、としても知られています。澤田社長の考え方にはベンチャー経営者の必須事項がすべて含まれている、といっても過言ではありません。きっと皆さんにとっても良きお手本となることでしょう。

1951年大阪府に生まれた澤田秀雄社長。高校を卒業後、旧西ドイツのマインツ大学経済学部に留学した。その頃の澤田社長は生来の好奇心旺盛さを発揮し、 50カ国以上を旅したという。その時に感じた率直な疑問がHIS誕生の原点となっている。その疑問とは「欧米では航空券の価格は需給に応じて変動している。これはビジネスであれば当然のこと。しかし、日本では固定化されている。これはおかしいのではないだろうか?」というものだ。留学から帰国して4年後の1980年、澤田社長はHISの前進となる旅行代理店インターナショナルツアーズを設立した(90年にHISに改称)。そして、正規料金では客を確保できない航空会社や、あらかじめ席を押さえておいたが余ってしまっていたパック旅行の主催会社からこっそりとチケットを仕入れた。そして、それを安値で販売したのだ。当然、航空券の高さに不満を持っていた消費者には圧倒的に指示された。中でも学生を中心とした若年層はカネを持っていないだけに圧倒的に支持した。しかし、澤田社長の存在が大きくなるに連れ、大手旅行代理店や航空会社は圧力をかけるようになった。航空会社から手紙が来て「あなたのところには売りません」といわれたこともあった。また、一部ではツアーの主催会社などに卸す時に「HISには卸さない」といった事を条件にするほどの圧力をかけられていたという。しかし、澤田社長は「そこがダメなら他を当たればいい」とばかりに“イタチごっこ”を続けていった。当然それができたのも消費者の圧倒的な支持あればこそではある。こうするうちに澤田社長は業界の中で嫌でも力を持ってくる。それは何度も言うように後ろに大勢の支持者(消費者)がいたからだ。そうなってくると航空会社や大手旅行代理店も無視はできない。逆に良い商品がドッと回ってくるようになったのだ。

澤田社長には絶妙のバランス感覚がある。その能力はバブル期に如何なく発揮されている。日本中が浮かれたムードに踊らされたバブル期。大半の企業が拡大路線を取り、派手な言動で世間を賑わせているときに澤田社長が取った策は安定路線とでも呼ぶべきものだった。営業部門と後方部門を分離、後者は都心を離れ、田舎に移転させているのだ。理由は高騰する事務所経費の削減。誰もが都心の一等地を目指し、豪華な事務所を持ちたがった中でこの方針は際立っている。

この好景気はきっと頓挫する、との読みがあってのものだが、これはズバリと当たった。バブル崩壊後、家賃が下落傾向になったときに、後方部門を都心に戻した。それもただの移転ではなく新宿南口に「日本一の海外旅行デパート」を作ってしまったのだ。挑戦者としての側面がとかく言われがちな澤田社長だが、この当たり冷静、的確に時代を読む目と、その情報をうまく活用していくしたたかさも垣間見える。また、バブル崩壊直後の"モノが売れない時代"には超格安ツアーを目玉として、これを乗り切っていった。最初にヒットしたのは若者を中心とした「インド自由旅行」。格安の航空券を販売してインドを自由に旅してもらおう、というものだが、澤田社長の目指してきた"情報産業としての旅行業"が見事に当たり、現地の情報、生活習慣の違いなどキメ細やかな説明ができたことで、価格の値頃感との相乗効果も手伝い大ヒットにしていったのだ。

もう一つ澤田社長が世間の耳目を集めたのが国内定期便への参入、スカイマークエアラインズの就航だ。98年に就航したこの定期便は35年振りの新奇参入として、従来の航空運賃の半額、というインパクトのある数字と共に話題を呼んだ。 35年にわたって固定化されていた制度の中に風穴を開けるのだから容易なことではなかった。飛ばすまでにトラック1パイ分の書類を書かなければならないなど、通常の経営者であればまず、尻込みしてしまうところだろう。

しかし、そこに敢えて挑戦していく理由は「誰かがやらねば」という使命感だ。実際に様々な規制や壁に当たっていった。しかし、このスカイマークの就航により、それまで値下げをすることのなかった大手3社が競って料金体系を見直し、現在では様々な料金体系が完成しつつある。そのことにより我々はこれまで以上に気軽に旅行ができるようになっている。こうした社会に対する使命感も澤田社長の大きな武器の一つだ。みんながハッピーになれるビジネスを、これが澤田社長の経営哲学の根幹だ。ハッピーになれるから(なるために)お金を出す。その結果人が集まる。そのために手を尽くして活動すれば、自分もそこにロマンを見出しハッピーになれる。この経営哲学を前に澤田社長の行動を見てみると、そこには使命感や成功への意欲以上に「夢」が見えてくる。これが、閉鎖的な業界で急成長を遂げた最大の理由だろう。

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